自称・ミュージシャンの本棚

シンガーソングライターむーすくりーむの読書メモ集。

ニューアース/エックハルト・トール 吉田利子=訳

<第1章 私たちはいますぐ進化しなければならない>
現在の宗教は人をスピリチュアルな面から切り離す。その信念に自分を同化させればさせるほど「自分だけが真実を知っている」とエゴを肥大化させる。自分の行動と信念に反する人間は間違っていると決めつけ殺人すら正当化されることがある。宗教戦争
 
<第2章エゴという間違った自己のメカニズム>
人は物を買うのではなくアイデンティティーの強化を買う。デザイナーズブランド。グッズ。レコードetc.自己意識の強化が目的。
 
物に執着する、それはエゴ。それが無くなったからといって自分は損なわれない。
 
消費社会が成り立つのは人がものに自分自身を見いだそうとする努力がどうしてもうまくいかないから。エゴの満足は長続きせず、さらに多くを求めて買い続け、消費し続けなければならない。
 
人生は意識の進化に最も役立つ経験を与える。
 
エゴは自分が正しくて他者が間違っていると考えるのが大好き。批判が大好き。
 
美しい容貌や肉体的な力、能力などと自分を同一化している人は、そういう質が衰えて消えていくと苦しみを味わう。
 
所有という概念はエゴが自分を際立たせ特別な存在にするために作り出したフィクション。だが所有を通じて自分を発見することは不可能である。だから所有がもたらす薄っぺらな満足は常に、もっと欲しい!という欲望に取って代わられる。自分を同一化させるものがもっと必要だということ。
 
<第3章 エゴを乗り越えるためにすべきこと>
不満・批判はエゴが自分自身を強化するために使う得意戦略の一つ。自分は正しいと勝ち誇らずにはいられないエゴの必要性を満たしてくれる。敵を見つけたい。自分が正しくて優れていると思い込みたい。
 
他者のエゴに反応しない。
 
いつも不満をぶつける対象を探している人達→自己意識を強化したい。自分の価値を感じたい。自分が正しいという思いがエゴを強化する。
 
エゴから解放されるにはエゴに気づくこと。いま、この瞬間に集中すること。
 
ゴシップが好まれるのは自分の方が他者よりも多くを知っていると優越感を感じることができるため。さらにゴシップのほとんどは他人への悪意の批評や批判といった要素を含むため、それを通じて他者よりも倫理的に優位に立ったと感じ、エゴを強化できる。
 
<第4章 エゴは様々な顔で私たちのそばにいる>
子離れできない親=親というアイデンティティにしがみついている。
 
悲劇のヒロイン=自分は神に、人生に不当な目に合わされている可哀想な被害者だというアイデンティティにしがみついている。そのアイデンティが自分を何者かにしてくれると信じて。
 
どんな状況でも、その役割に自分を同一化せずに、しなければならないことをする。アイデンティティを守ることを目的としない。
 
行動にエゴがない(自分自身を守ろうとか強化しようという下心がない)人は存在するだけで出会う人々を変容させる力がある。
 
人と付き合う時には、機能や役割を意識するのではなく意識的に「いまに在る」場として向き合う。
 
仕事をしている時「いまに在る」ことができればその仕事はスピリチュアルな修行になる。
 
仕事が目的ではなく、目的のための手段となれば質の高さは望めずエゴにエネルギーを無駄使いさせることになる。
 
エゴが不満足な自己から逃れる方法の一つは集団に自分を同一化して、強く大きくなったつもりになること。ex.社畜愛国者、宗教、ロック、メタル、EDM 
 
<第5章 ペインボディ>
心に自分を同一化することによって、間違った自己意識、エゴが現れ出る。
 
イライラさせる人=ペインボディが相手のペインボディを目覚めさせて互いのエネルギーを活性化しようとしている
 
重いペインボディを持っている人は一皮むけば不幸な感情の塊がふつふつとたぎっていて、事あるごとに反応しよう、誰かと対決したり非難したりしよう、何か不幸なことを見つけようとしている。
 
一般大衆紙はニュースを売るよりもネガティブな感情を、ペインボディの糧を売ることを目的にしている。その方が売れる。
 
<第6章 いまに在るという意識が私たちを解放する>
ペインボディを客観的に認識する、いまに在る
 
相手のペインボディに反応しない、そうすることで相手を目覚めに導くこともできる。
 
親の愛情を受けずに、もしくは失って育った子供は、遺棄への原初的な不安に共振する状況が引き金となるペインボディを発達させる。友達が数分遅れた、配偶者の帰宅が遅くなった、ラインの返信がこないというだけでペインボディの激しい発作が起きる。パートナーに去られたり死なれたりすると、その感情的苦痛は通常の場合をはるかに超え、激しい苦悶やいつまでも続いて立ち直れないほどの鬱や偏執的な怒りに取り憑かれる。ex.アナキン・スカイウォーカー
 
母親からの愛情を受けずに育った男性は母親の愛と関心に対する強い満たされることのない憧れと、求めるものを与えてくれなかった母親への強い憎悪が混ざり合った矛盾した重いペインボディを発達させる。こういう男性が大人になると、出会う全ての女性を「誘惑し、征服」せずにはいられない依存的な衝動が現れる。それによってペインボディが渇望する女性の愛と関心を得ようとする。そこで女たらしになるが、女性との関係が親密になりかけたり、誘いを拒絶されたりすると、母親に対するペインボディの怒りが蘇り、結局人間関係を破壊してしまう。
 
自分のペインボディが反応しやすい状況や他人の言動を把握する。
 
<第7章 本当の自分を見つける>
挑戦的な状況や人々に直面しても反応せず、静かに観察する。状況に抵抗するのではなく、即座に状況を受け入れ、それと一つになる。そうすれば観察の中から自ずと答えは出て来る。ただ感じる。
 
難題が生じたときどう反応するかで自分がどれほど深く自分を知っているか明らかになる。動揺したり慌てたりする問題を通じてその人が何を大事だと思っているのかがわかる。
 
相手の何かに反応するのは自分の中にも同じものがあるから。
 
与えることは受け取ること。
 
起こった出来事について判断せず事実を受け入れ、それによってより高い秩序に参加する。ありのままを感じる。一見偶然に見える出来事が総体という織物の中でどんな場所を持ち、それにどんな目的があるのか、思考では理解できないことが多い。どんな小さな出来事も無限の因果関係の中で、思いも及ばない方法で総体と関わっている。
 
よくても悪くても今という瞬間の形をそのまま認めて、人間ドラマに加わらない。常に今という瞬間に求められることをする。ジャッジしない。
 
私はいまこの瞬間とどんな関係にあるだろうか?と始終問いかけてみる。未来の目的のための手段、克服すべき障害、自分のしていること状況を憎み敵とみなしていないか?
 
誰かに非難されたり批判されるとエゴは縮んだと感じ、すぐに自己正当化、防御によって小さくなった自己意識を修復しようと図る。このメカニズムで一番ありふれているものの一つが怒りで、怒りには一時的だが強烈なエゴ拡大効果がある。エゴが縮んだと感じたときに意識的に縮んだままにしておくこと。反応せずに自分の奥深いところでどんな感情が起こるかを観察する。
 
<第8章 内なる空間の発見>
抵抗しない(ほう、そうか)、判断しない(そうかもしれない)、そして執着しない(これもまた過ぎるだろう)。
 
テレビも見ていると自分の思考は止まるが、逆にテレビ画面から放たれる思考やイメージと連結されてしまう。世論操作に使われやすい。
 
「私は在る」と呟いた後に残る静けさを感じてみる。
 
過食、喫煙、飲酒、インターネット依存のような強迫的行動パターンが起こりそうになったら、まずは2、3回意識的に呼吸を行いしばらく強迫的な衝動そのものを自分の中のエネルギーの場として観察する。そしてなんらかの刺激を取り入れたいという肉体的、精神的欲求そのものを意識して感じる。それからまた数回意識的に呼吸する。
 
内なる生命感(本質とのつながり)を感じることができないため人は不安に陥り、その代用品を狂ったように求め続ける。
 
静寂は神の言葉で、ほかはすべてその下手な翻訳に過ぎない。
静寂に気づく=思考抜きの意識で静かに停止している
 
<第9章 人生の目的は「何をするか」ではなく「何者であるか」>
今していること、今いる場所を人生の主要な目的とみなす=時間、エゴを否定すること
 
いまという瞬間を通じて、生命そのものの力にアクセスする。その力は昔から「神」と呼ばれてきた。
 
全体と調和する(いまに在る)ことでこの世界に神を顕現させるための意識の一部となることができる。シンクロニシティが頻繁に起こるようになる。
 
<第10章 新しい地>
内なる目的が現れるのは、外的な目的が崩壊し、エゴの殻にひびが入り始めたときだけ。
老いや喪失、個人的な悲劇など。
 
目覚めた行動三つのモード
1、受け入れる:この瞬間に起こったことは何であれ自分がしなければいけないことだからしようという意識で行動する。どうしても受け入れることができない場合はやめる。
 
2、楽しむ:何かを達成しよう、何かになろうではなく行為・行動自体を楽しむ。ただし楽しいのは行為・行動ではなく、そこに流れ込む深い躍動する生命感。人生の主たる目的は意識の光をこの世界に持ち込むことだと気づく。
 
3、情熱を燃やす:情熱とは自分がしていることに深い喜びを感じると同時に、目指す目標やビジョンの要素が組み合わさること。情熱のエネルギーは宇宙の創造力と共鳴する。