自称・ミュージシャンの本棚

シンガーソングライターむーすくりーむの読書メモ集。

彼岸の時間―“意識”の人類学/蛭川立

[象徴としての世界]
一般に、狩猟採集社会における狩猟儀礼や、シャーマニズム儀礼は必要に応じて不定期に行われる。一方で農耕社会、特に夏と冬、雨季と乾季が周期的に巡ってくるような社会では、周期的に行われる農耕儀礼が社会の中で大きな役割を果たすようになる。農耕社会の日常には、収穫を期待して禁欲的に労働するための俗なる時間が流れているが、収穫を祝う祭りでは俗なる時間は、日常的な社会秩序は停止し、聖なる祝祭的状況が出現する。そして共同体がリセットされ、再び次の俗なる時間のサイクルが始まる。こうして、円環的な時間が支配する社会では、人々の過剰な欲望は、定期的な祝祭によって蕩尽され、共同体の秩序は定期的にリセットされることになる。そこでは、狩猟採集社会では社会の中心にあった、不定期なシャーマニズム儀礼は社会の周縁部匂いやられてしまう。
一方、必ずしも差し迫った必要性がなく定期的に行われる儀礼は形骸化しやすく、現代の日本の盆踊りのように、集団トランスを伴わないものに変容してしまうことが多い。
 
[穢れた女の聖なる力]
タントリズム:性や死など理性の影の部分に潜む暗い力を、適切な儀礼や儀式を施すことによって、その不浄さを逆転させ、聖なるものへと変換するという思想。特殊な意識状態を作り出す。
 
あちらの世界へスピリットを訪ねに行く男とあちらの世界からスピリットが訪ねて来る女。
 
[巫女という対抗文化] 
現世で我々が使っている言語は現世の出来事を指し示すためだけにできている。それゆえ神話というのはもともと他界的なリアリティを現世の言葉に翻訳したものである以上、必然的に見かけ上は、荒唐無稽なものにならざるを得ない。
 
反体制運動としてのシャーマニズム。既存の体制、価値観の破壊。日本でもええじゃないかなど。社会的弱者、マイノリティがカタルシスを得る。
 
喜納昌吉は彼自身がシャーマンとしか言いようのない存在。
 
戒律によって睡眠や食事を制限することは、実際に変性意識状態を誘発する。
ニーチェの言うように単なるルサンチマンの解消以上の実利的な意味がある。
 
[自我という虚構]
(転生するのは誰か) 虫の知らせや前世の記憶というのは、死者の霊魂が起こす現象というよりは、むしろ危機にひんした生物が、他の個体に対して何らかの救難信号を発していると解釈したほうが無理がない。サイ仮説
発展途上の胎児の脳が瀕死の危機にある脳が発した信号を拾ってしまう?
 
[理性と逸脱]
全人類が狩猟採集民だった太古の時代には、サイケデリックスの使用と結びついた脱魂型シャーマニズムが地球上で広く共有されていて、それが、農耕と牧畜の発明以降は、徐々に酒の使用と結びついた祭司、霊媒(憑霊型シャーマン)複合型の宗教文化に取って代わられてきた。サイケデリックスは思考が異常になり、幻覚が現れるからという理由で禁止されるが、実際この理由はむしろ逆で、サイケデリックスはわれわれを文化的催眠状態から覚醒させる作用を持つ。サイケデリックスは自我や国家といった本当は存在しないものを存在すると思っている意識状態をから、われわれを覚醒させる文字通りの覚醒剤なのである。だから国家によって禁止されるのだ。
 
占いは不確定な未来を確定させたいという願望を満たしてくれ、賭け事は確定しそうな未来を不確定にしたいという願望を満たしてくれる。
 
(聖なる狂気)
神は右側側頭葉に宿る?
 
ケタミンが引き起こす体外離脱や至福体験が臨死体験の内容と最もよく似ている。側頭葉の内側海馬近辺の働きと関係。側頭葉の内側の海馬にあるNMDAレセプターをブロックすることによって臨死体験が起こるとする仮説もある。
 
側頭葉の過剰活動は自我意識を抑制し、観察意識の働きを強化する。それと神秘的な体験が関係しているのは興味深い。
 
あまりにもショッキングな出来事を体験すると海馬が破壊されその出来事を思い出せなくなる。カミダーリのような巫病も解離性障害も不幸な体験によって引き起こされることが多い。
また海馬は物理的なストレスにも弱く、苦行や臨死体験などでシャーマニックな体験が引き起こされることとも関係している。
 
意識変容の手段:アジア大陸→瞑想 アフリカ大陸→音楽  アメリカ大陸→薬草 
ヨーロッパ→悪魔的なものと見なされ、シャーマン的な女性は魔女として弾圧される。
 
[原始の復権] 
太鼓はおそらく人類最古の楽器で、シャーマンがトランス状態に入るために、なくてはならない道具であった。中世ヨーロッパや、社会主義時代のモンゴルでは、太鼓を所持することが麻薬を所持することのように禁止された。
 
太鼓から繰り出されるメロディのない単調なリズムは、日常的な時間を停止させ、永遠の今を刻み続ける。実際テクノやトランスといった音楽は現代の先進国でレイヴと呼ばれるオルギア的な集団トランス儀礼には欠かすことができない。そこではシャーマンが太鼓を叩く代わりに、DJがレコードを回し、その電子音を大音量でスピーカーから流し、ときにはサイケデリックスを服用しつつ、夜通し踊り続ける。